徒然メモ

徒然と毎日をメモのように

体が痛い

ここ数週間腰が痛いしか言ってない気がする。

完全なる職業病。(と思う)


ふと、転職するかな。と思い立つ。

でも これがしたい! というのはない。


企業的には完全なるブラックだけれど、それなりに給料がもらえて、休みも多い。こ面倒な研究も学会とかにも出ずに済んでいる。


ただ、ただ、働きたくない。

いやだーいやだよー。


お家でダラダラ自給自足とかしたいよー。

猫ちゃんとかと一緒にダラダラするのしたいよー。


社会とか責任とか大人とか世の中には面倒なことがたくさんだなあ。


仮病がもう少し楽に使える職種。希望。

社会不適合者だなあと思いつつも、きっと私みたいな人はいっぱいいるんだろうなあって思ってるんだ。

ちゃんと働ける人もいっぱいいるんだろうな。


あーあ。


話は変わって、最近はパン屋さんのパンが好きです。


パン屋さんのパンは幸せが詰まっている気がする。クロワッサンはサクサクふわふわ。果実や木の実がゴロゴロも良い。チーズが宝物のように入っていたり。おいしい。


なんか幸せになるなあって。


コーンポタージュがおいしい季節ですね。

あたたかくて、きもちいいやつ。


久しぶりにお菓子でも作りたいなあ。

こっちに来てから一回も使ってないなあ。

オーブンがないのもあるんだけど。


今回の夜勤はもう10分おきにコールがなるものだから眠れないだろうな。おばあちゃん眠れるといいな。



今日友だちからの悩み事を聞いて、私も似たようなことで悩んだなあ。と昔のことをすこし思い出した。

小学生の頃の私は何も考えるってことを知らなくて、目の前のことに猪突猛進タイプだった。楽しい方にピューンと心と頭と体が動いてしまうタイプ。

やりなさいと言われたことをやれない子どもだった。〜しておいてね。なんてのはほぼ100パーセントできてなくって、よく怒られたっけ。

宿題も上手くできなかった。お家でやったのは中学入ってからの夏休みの宿題が初めてだったと思う。それも途中でやらなくて、全然進められなかったな。結局最終日にどーーでもいいこと書いて、適当に提出してたっけ。

留守番も上手くできなかった。落書きし放題、散らかし放題、片付けをするってことを知らなかったんだと思う。

今思うと人の気持ちを考えるのも苦手だったと思う。これをすると嫌だ。あれをやったら悪い思いをする。というのを想像できずに、人に嫌なことをたくさんしてしまったと思う。何にとっても考えが浅はかな子どもだった。まさに子ども。それにして子どもの社会の中でもうまく紛れられなかった。自覚してしまった今だからこそ、昔の自分はどうにも好きになれない。

これは今もだけど、同じことを何回も話してしまったり、同じことを何回もやってたりする。多分周りから見てちょっと変わった同級生、キモいやつくらいに思われてたと思う。そんなこんなでイジメ、いじられみたいなのもあったりして、あぁ嫌な思い出だ。

自分が嫌いになる場面なんてたくさんたくさんあった訳だけれど、そういうことがあると見た目にも影響してくることを経験してわかった。あの時はとにかく目立ちたくなくて、自分が嫌いで前髪は伸ばしていたし、メガネで顔を隠していた。今思うと逆に悪目立ちなんだけどな。中学では普通が一番隠れる方法だというのに。おばかだねえ。

やっちゃいけないことをやったりもしてきたんだけど、仲間はずれとかそういうのが怖くて一番最初は周りに合わせなきゃならないって思ってやってたと思う。途中はわかんないけど。それが普通だと思って生きてきたからな。なにせヘラヘラしてきたからな。

一回褒められたことを何回も褒められたかった。それで小学生の頃の少し大人っぽい同級生に図星のだったことを言われてジクジクしたことを今でも忘れられずにいる。

褒めてほしいを全開にするのは恥ずかしいことなのだと思った。今でも認められたい、褒められたい、そんな感情がたくさん湧いてしまう私だけれど、最近は褒めてー!って言えるようになった。

家庭環境もそんなに良い方ではなかった。母ちゃんもできると思ってたことが想像以上にできていなかったらしい。母子家庭で子ども二人抱えて、大変だったろうなあ。今の私にできると思えない。それだけ母ちゃんにとっては私たちは大切だったのだろう、守るべき存在だったのだろうな。ありがとう。

父親は0歳の時にはもういなくて、新しい父親がいたんだけど、弟の方が可愛がられててすごく嫌だったのを覚えてる。それに明らかな態度の違いとか差別(言葉が強すぎるけれど違う言い方が見つからなかった)がはっきり感じてしまっていた。それのせいか私は幼い頃弟を蔑ろに生きてきて、それはすごく後悔している。[父親]というものに良いイメージを抱いたことがあまりないなあ。いなくなってからの方が実際は楽しかったと思う。

だからもし自分が誰かと結婚して子どもができて、相手が父親になるとき、の想像があまりできない。ぼんやりしてる。


そんなこんな黒歴史というものをしっかりと持ってしまった私でも、高校生くらいから人とのコミュニケーションとか社会的な常識とか少しずつできるようになっていった。

それでいて高校生の時に私という存在を過去ごと知ってくれて楽しく遊んでくれた友だちがいて、実は私にとっては救いといってもいいくらい感謝している。その友だちに出会わなければ、今私はここにいないだろうな。

その出会いからの今の繋がりがすごく私にとって大きいものなのだ。あの時あの時あの時がなければがたくさん。ありがとう。


私はありがとうがたくさん言える人生でよかった。今思う。


きっとどっか欠陥があって、ぽんこつなんだろうけれど、それでいて、今を昔よりは胸を張って生きてるから、それでいいんだと思う。

個性を病名で潰すなよ。本当に必要になった時は盾にでも矛にでもなるけれど、それで自分を潰すなよ。と思う。


こんな私でもなぜか看護学校に合格して、国家試験を通り、今看護師やってるんだから。大丈夫よって思う。(いい看護師かどうかは別にして)



そんなことよりこのブログさん。思いもよらぬところで大文字みたいになるのだけれど、どういうことーー?